スーパーのレジ前の通路に貼られている足跡マーク

 最近、メディアを通じて「ナッジ理論」という言葉を耳にするようになった。2017年にノーベル経済学賞を受賞した米国シカゴ大のリチャード・セイラー教授らが唱えた行動経済学で、「(注意を引くために)そっと後押し、軽く肘で突く」などという意味があり、結果的に良い行動に結びつくことを指している。

 実例をいくつか挙げると、スーパーのレジ前の通路で見かける足跡マーク。「2列でお並びください」「間隔を空けてお並びください」などの文字とともに貼られている。店員がマーク通りに並ぶように促すアナウンスなどがないのに、客はマークを見ることで自然とそのマークに沿って整然と列をつくる。

 また、男性トイレの小便器に用を足す際の目印となるシールを貼り付けたところ、尿が便器内に収まり、清掃費の削減につながった。トイレ内には、「きれいに使っていただきありがとうございます」という文字のシールもあり、その文字を読むと、お礼の言葉通りに対応したくなってしまう。

 熊本県の病院では、看護師の日勤と夜勤の制服の色を変えて各看護師の当日の勤務を把握するようにした。夜勤体制になると、まだ残っている日勤者に夜勤者が帰宅するように促し、医師からも仕事の依頼がなくなるなど、看護師の残業時間が減った。

 東京都渋谷区に設置した街中の灰皿には、二者選択のクイズに答えて吸い殻を捨てる穴を設けた。クイズを楽しむ愛煙家がどちらかの穴に入れるようになり、ポイ捨てが減少した。埼玉県の高校では、ゴミ箱にペットボトルのふたを捨ててから指定の3秒後に、ペットボトル本体を入れることができるかを楽しむゲーム感覚の方法でリサイクル活動をしたという。

 人間の心理や意識などを巧みに引き出して効用を得るナッジ理論。人々の生活の中に既に溶け込んでおり、街中でさまざまな手法を見かけると、思わず「なるほど」と納得してしまう。【ひ】